巨人愛が強い長野が広島移籍〜他球団の指名拒否して巨人入りした選手達〜

プロ野球(NPB)
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年内早々に衝撃が走りました。1月7日(2018)、FAで巨人入りする丸佳浩選手の人的保障として、読売ジャイアンツの長野久義が広島カープに移籍することが発表されたのです。これは、広島カープ側が人的保障として長野選手を選んだということになります。

もっと言うと、巨人側がプロテクトリスト(人的保障の対象外とする選手)に長野選手を入れていなかったということです。

衝撃の理由

これがなぜ衝撃なのでしょうか。その理由は大きく2つあるでしょう。

理由1 功労者を手放すはずがないと思われていた

1点目は、功労者であり、巨人への愛が半端ない長野選手をプロテクトしなかったからです。

長野選手はドラフト時、他球団の指名を断ってでも巨人入りするほど巨人への想いがある選手です(指名の経緯は後述)。入団後も、そのプレーや成績でチームに貢献するだけではなく、後輩選手の兄貴分として慕われていました。優勝にも貢献し、まさに功労者の1人と言ってよいでしょう。もちろん、巨人ファンの方もそういった長野選手を気に入っており、応援していたと思います。

しかし、巨人のフロント側は長野選手を手放しました。正確に言うと、手放したのではなく、プロテクトリストに入れなかったということなのですが、カープの決定によって、結果的に長野選手は巨人を去ることになったのです。

「功労者であり巨人愛が強い長野選手を巨人は手放すはずがない」。そんな意識が巨人ファンを含めて多くの人が持っていたからこそ、衝撃が走ったのです。

理由2 功労者・内海選手の移籍に続いてのニュースだから

理由の2つ目は、巨人の功労者の1人である内海哲也選手が、西武ライオンズに人的保障として移籍して間もないからです。

内海選手は年末の2018年12月に、西武から巨人入りする炭谷銀仁朗選手の人的保障として、巨人から西武に移籍することが発表されました。こちらも巨人の功労者が移籍するということで、球界に衝撃を与えました。ファンの方はショックを受けたのはもちろんのこと、当の本人も「移籍を聞いた瞬間に涙を流した」というエピソードは記憶に新しいでしょう。

このように、内海選手の移籍による衝撃が冷めやらぬ中、同じく功労者の長野選手が移籍が発表されたことで、その与えるインパクトは大きくなりました。

入団拒否に見る長野の巨人愛

長野選手の巨人愛は、彼のドラフト時の選択に大きく現れているでしょう。なぜなら、2度も他球団からの指名拒否してでも、巨人入団にこだわっていたからです。

大学4年時(2006)のドラフトで日ハムからの指名を拒否

日本大学4年時に大活躍された長野選手は、そ年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから指名を受けます。ドラフト4位でした。

しかし、長野選手は入団を拒否します。これは、読売ジャイアンツへの入団を熱望していたからです。どうしても巨人へ入りたかったのでしょう。

大学卒業後は、社会人野球のHonda(本田技研工業)の野球部へ進みます。

社会人2年目(2008)のドラフトでロッテからの指名を拒否

2007年にHonda野球部に入部すると、デビューした第62回JABA東京スポニチ大会で新人賞を受賞するなど華々しくデビューします。

次年の2008年でも活躍し、遂に2回目のドラフトの日を迎えました。この日までに、長野選手は「巨人以外の指名の場合は拒否してHondaに残る」と発表していました。

しかし、ドラフト当日、千葉ロッテマリーンズが強行指名します。ロッテ側は、巨人以外でも入部するとの情報を得ていたと言われています。

ですが、結果的に長野選手は2度目の入団拒否を行います。ここでも巨人への強いこだわりがあるからこそ、断固としてプロ入りを否定しました。

社会人3年目(2009)のドラフトで巨人から念願の1位指名→入団へ

年が明けた2009年の2月、巨人は長野選手をこの年のドラフトで1位指名することを公表します。この時期に発表するのは異例ですが、長野選手のラブコールとこれまでの経緯から、巨人は早期に明言しました。

それに応えるように、長野選手は第80回都市対抗野球で大活躍します。打率.579と打ちまくって首位打者に輝くのです。また、チームの13年ぶりとなる優勝に大きく貢献しました。

実力をさらに証明した長野選手は、ドラフト当日を迎えます。結果はというと、巨人がその年の2月に明らかにしたように、長野選手をドラフト1位で指名したのです。もちろん、長野選手は快諾し、念願の読売ジャイアンツへの入団を果たします。なお、他球団は誰も長野選手を指名しませんでした。過去2回も入団拒否をしていることから、長野選手の巨人への愛着が相当強いものだと分かっていたからでしょう。

このように、長野選手は巨人へ入団して活躍したいという夢を持ち続け、それを実力させました。他球団を振ってでも、本命の巨人へ想いを持ち続けたのです。まさに、「ジャイアンツ ・愛」でしょう。

他球団の指名を拒否して巨人へ入団した選手達

他球団の指名を拒否して巨人へ入団した選手は、長野選手だけではありません。スター選手も多いのです。何人か簡単に紹介しましょう。

江川卓(1978入団)

「怪物」と言われた豪腕投手です。

高校時代にノーヒットノーランを9回、完全試合を2回達成し、甲子園でも大活躍することで、3年次にドラフトにかかります。しかし、阪急ブレーブスからの指名を拒否して法政大学に進学します。

大学でもその実力は認められ、4年次のドラフトではクラウンライター(現・埼玉西武ライオンズ)からの指名を1位指名されます。ですが、ここでもこれを断り、1年間の浪人生活を選択するのです。

しかし、11月21日巨人が江川選手と契約を締結します。一方で、セリーグ会長はその巨人の契約を無効とし、翌日の11月22日をボイコットした巨人抜きで行います。その結果、阪神が江川選手の交渉権を獲得し、江川選手は阪神へ入団します。

ですが、江川選手は1日で阪神・小林繁投手とのトレードによって巨人へ入団するのです。この一連のプロセスは「江川事件」と呼ばれており、長くなりためここでは詳しく書きません。

とはいえ、江川選手は巨人への入りたいという想いが強くあったことが、球界を巻き込んだ大騒動に関係しているといえるでしょう。

結果的に、江川選手は2度の入団拒否をした後に、巨人への入団を果たしたのです。

元木大介(1990入団)

巨人では「クセ者」として活躍した元木選手。大阪・上宮高校時代は3度の甲子園に出場し、「超高校級スラッガー」として名を馳せました。

1989年、元木選手は高校3年次のドラフトの際、事前に巨人を逆指名します。「巨人以外はプロに行きません」と宣言したのです。これを受け、新聞でも「巨人・元木を1位指名」と書き立てました。

しかし、なんと巨人は慶應大学の大森剛選手を1位指名します。元木選手は外れ1位でダイエー(現・福岡ソフトバンクホークス)に指名されるのです。元木選手はダイエーへ断りを入れ、高校卒業後にハワイへ野球留学へ進みます。

ハワイの野球環境は相当悪かったと言われていますが、その翌年1990年のドラフト会議で巨人から1位指名を受けます。そして無事に読売ジャイアンツへ入団します。

内海哲也(2003入団)

近年の巨人優勝に大きく貢献した立役者であり、元エースです。2018年12月に埼玉西武へ移籍となりました。

そんな内海選手は、敦賀気比高校時代のドラフトを迎えるにあたり「巨人以外はプロに行きません」と宣言します。しかし、巨人は内海選手を1位指名せず、オリックス(現・オリックス・バッファローズ)が1位指名するのです。

内海選手はオリックス入団に傾きかけましたが、最終的には社会人野球の東京ガスに進みました。

社会人野球でも活躍した内海選手は、2003年のドラフト会議にて、巨人から自由獲得枠として指名を受けます。晴れて巨人へ入団できたのです。

ちなみに内海選手が巨人を好きな理由は、おじいちゃんが巨人の選手だったことに関係しています。

長野久義(2009入団)

プロ入り後は2011年に首位打者を獲得、2012年に最多安打を獲得するなど、好打の外野手として活躍します。ゴールデングラブ賞を何度も受賞するなど、守備にも定評があります。

長野選手の入団までの経緯は上記で書いた通りなので省略します。

菅野智之(2012入団)

押しも押されぬ巨人のエースであり、日本のエースです。今年は2年連続で沢村賞を受賞するなど、手がつけられない状態でした。そんな菅野選手も、入団拒否の経緯があります。

東海大学時代のドラフトでは、巨人と日本ハムから1位指名を受けますが、抽選の結果日本ハムが交渉権を得ます。しかし、菅野選手はこれを拒否。野球浪人を選びます。

そして翌年2012年のドラフトにて、巨人から単独1位指名を受けます。この時他球団からの指名はなく、無事に巨人軍の一員となりました。

菅野選手の巨人愛の由来は、叔父が現巨人監督の原辰徳さんだからというのは言うまでもありませんね。

指名拒否のリスクを負ってでも巨人を選んだ

以上で紹介してきた選手達は、指名拒否というリスクを負ってでも巨人へ入団しました。ではどのようなリスクなのでしょうか。いくつか挙げてみます。

次のドラフトで指名されない

入団拒否をして次年度以降のドラフトに賭けるということは、希望の球団に入れるチャンスでもありますが、次年度にドラフトで指名されないリスクもあります。

最悪な場合、どの球団からも指名されないことをあり得るわけです。

バッシングに合う

入団拒否をすることで、拒否されたファンからバッシングに合うこともありえます。実際に、元木選手は大バッシングに合ったそうです。

世間的な風当たりも強くなることもあります。

それでも巨人を選んだ強い想い

こういったリスクを負ってでも巨人入りを希望した選手は、強い想いを持っていたのでしょう。もちろん、想いだけではなく、それを行動にして結果にしたことは凄いとしか言いようがありません。

まとめ

今回は長野選手の広島カープ移籍と、入団拒否して巨人へ入団した選手を紹介しました。長野選手もその1人です。

長野選手移籍の衝撃の理由には、様々な理由があるでしょう。チームに貢献した、長年チームメイトに好影響を与えた、ファンからも愛されてる、などが挙げられると思います。

そういった理由はもちろんのこと、それ以上に、長野選手が巨人を愛していたことを周りが知っていたからこそ、衝撃を受けたのではないでしょうか。なぜなら、長野選手が入団拒否を2度してまでも入りたかった経緯を知っているからです。

巨人は苦渋の決断を下しました。他球団の指名拒否をして巨人に入団した内海選手に続いて、長野選手を手放したのです。これが今後にどう影響していくか、注目していきたいと思います。

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