【日本人初】松井秀喜の2009ワールドシリーズMVPを振り返る|伝説の1試合6打点【因縁のペドロからの一打】

  • URLをコピーしました!

ワールドチャンピオンを決める試合で3安打6打点でMVP。しかも、あのペドロ・マルティネスから打っている。

こんなことができるのは、松井秀喜さんしかいません!2009年のワールドシリーズで松井選手が見せた活躍は、記録を振り返るだけでも胸が熱くなります。

ヤンキースの世界一に大きく貢献し、日本人初のシリーズMVPに。日本の主砲だった選手が、メジャーの頂上決戦でも主役になりました。

ただ、この活躍には、数字を知るだけでは見えにくい背景もあります。

メジャー1年目の苦戦、大投手との対決、膝の不安と変わった出番。そうした歩みや当時の反応も重ねながら、松井さんの2009年を振り返ります。

このMVPは、メジャーリーグで松井選手が複数年もがき続けてきたからこそ、獲得できたことが分かると思います。

目次

日本人初のMVP!ワールドチャンピオンを決める試合で3安打6打点

現地時間2009年11月4日、日本時間では11月5日。ヤンキースが3勝2敗で迎えたフィリーズとの第6戦に、松井さんは5番・DHで先発しました。

結果、は4打数3安打、1本塁打、6打点。ヤンキースの7得点のうち6点に松井さんの打点が付き、見事にヤンキースがワールドチャンピオン(世界一)に輝きました。

それぞれの打席でどうだっかというと、、、

・2回裏には、ペドロから先制2ラン
・3回裏には2対1と1点差に迫られた直後、再びペドロから満塁で2点タイムリーを放ちました
・5回裏には左腕J.A.ハップから2点タイムリー二塁打。

最初の3打席で、いずれも2打点を挙げて計6打点。ほぼ松井秀喜選手のバットで勝利をもぎとったようなものです。

実際に、打点をあげた場面も効果的でした。

先制点も、1点差に迫られた直後の追加点も松井さんのバットから生まれました。まずこれだけでヤンキース・スタジアムのファンは大興奮!もちろん、僕も歓喜しました(録画ですが)!。何より、この打席ではファールで何度も粘り、甘い球がくるまで辛抱強く待てたことが、松井選手の技術および精神の高さそのものだと思います。

また、本塁打だけで終わらず、第2打席と第3打席でも走者を返して打点をつけたところに、勝負強さが神がかっていたなと感じます。

その結果としては、ヤンキースは7対3で勝利し、4勝2敗で世界一になりました。なお、松井さんの1試合6打点は、1960年のボビー・リチャードソンのワールドシリーズ記録に並ぶものだったようです。すごすぎる。。。

松井選手はシリーズ全体でも、13打数8安打、打率.615、3本塁打、8打点でした。松井さんは、このシリーズの最優秀選手にあたるMVPを、日本出身選手で初めて受賞しました。もう、誰が見ても松井さんが受賞するしかないという、それくらいの活躍でした。

もう日本人として、野球を一度でもかじった身として、とても誇らしいですよね!

MLB公式:第6戦の試合記録/MLB公式:2009年の表彰

しかも「天敵ペドロ・マルティネス」から打っている

ここで、相手投手にも目を向けたくなります。

第6戦の先制本塁打と2点タイムリーの相手は、ペドロ・マルティネスでした。

サイ・ヤング賞3度の大投手で、かつてはレッドソックスのエースとして、ヤンキースと何度も大舞台で対戦した投手です。2009年には38歳となり、全盛期と同じ球威だったわけではありません。

それでも、この年のナ・リーグ優勝決定シリーズでは7回無失点。ワールドシリーズ第2戦でもヤンキース打線から8三振を奪っています。まだ、大舞台で相手を苦しめる力を持っていました。

その第2戦でも、松井さんは1対1の6回裏に、ペドロから勝ち越しのソロ本塁打を放っています。初戦を落としたヤンキースが3対1で勝ち、1勝1敗に戻した試合でした。勝ち越しという、これまた素晴らしい活躍でした。

そして第6戦では、世界一へ向かう先制弾。シリーズを通した対ペドロの成績は4打数4安打、2本塁打、5打点、1四球です。 5打席すべてで出塁し、一度もアウトにされませんでした。

ただ大きな数字を残しただけでも驚くのに、その中に天敵のペドロからの勝ち越し弾と先制弾を放った。

僕にはそれがこのMVPをさらに味わいたくなる理由の一つです。

相手も場面も知ると、「ペドロから打つのか、松井は!さすがすぎる!感動ものだわ!」という気持ちになります。

米野球殿堂:ペドロ・マルティネスの歩み/MLB公式:ワールドシリーズでの対戦記録

「ゴロキング」と呼ばれ、ペドロに苦労したたメジャー1年目

その松井さんも、最初からメジャーの投手を打ち込んでいたわけではありません。

2003年、本拠地デビュー戦の満塁本塁打など華やかなスタートを切った一方、その後は打球が上がらない時期がありました。

松井さんを取材していた笹田幸嗣氏は、動くボールに苦しみ、ゴロを繰り返していた当時の様子をNumberで振り返っています。

その回想によると、5月にはニューヨーク・タイムズの番記者から「ゴロキング」と評されていました。日本から本塁打王として期待されて来た選手が、ゴロの多さを指摘される。厳しい言葉ですし、期待との落差が伝わってきます。

そして、ペドロにも苦戦しました。2003年のレギュラーシーズンの対戦成績は、10打数無安打、3三振です。

ただし、「ゴロキング」は記者による当時の打撃への評価で、ペドロ本人の発言とは分けておきたいところです。

こうした苦戦を知ってから2009年の打撃を振り返ると、あの舞台で打ちまくった姿が、いっそう鮮やかに感じられます。

一方で、2003年を終えたときの成績は打率.287、16本塁打、106打点でした。苦しんだままで終わった一年でもなかったんですね。

その年の秋には、ペドロ相手にも大きな一打を放っています。

Number:松井秀喜のメジャー1年目を取材した記者の回想/MLB公式:松井秀喜の年度別成績

2003年のポストシーズンでは、すでにペドロへ反撃しつつあった

ヤンキースとレッドソックスが対戦した、2003年のア・リーグ優勝決定シリーズ。松井さんはペドロに対し、7打数3安打を記録しています。3安打はすべて二塁打でした。

特に大きかったのは第7戦です。

ヤンキースが3対5と追う8回裏、松井さんはペドロから二塁打を放ち、一塁走者のバーニー・ウィリアムズを三塁へ進めました。続くホルヘ・ポサダの二塁打で、自らも同点のホームを踏んでいます。

そして、ホームを踏んだ直後、松井さんは両腕を上げて大きく跳び上がりました。僕はリアルタイムで見たわけではありませんが、あの姿には本当に感動しました。

普段は大きなガッツポーズをあまり見せない松井さんが、こんなに跳ぶのかと。しかも感情や熱がほとばしっている。魂のガッツポーズだと思いました。また、周囲を鼓舞するというより、胸の内の熱い思いがそのままあふれたように、僕には見えました。

この場面を本人に尋ねた取材記者・清水友博氏の回想には、「あれは場面の大きさが全然違うからなぁ」という返答が残っています。

MLB公式:同点ホームインの映像/Full-Count:この場面を本人に尋ねた記者の回想

翌2004年のレギュラーシーズンには、ペドロから本塁打も放っています。

二人の対決をたどると、1年目に抑えられ、その秋には打ち返し、その後も対戦を重ねていたことが分かります。

その歩みの先に、2009年のワールドシリーズがある。苦しめられた大投手から、今度は世界一を決める試合で打つ。僕には気持ちのいいリベンジに見えますし、長く続いた対決の一場面としても心に残ります。

第6戦後、松井さんとの対戦について問われたペドロは、“He got me.”(彼にやられた)と語ったことが、当時のSports Illustratedに記されています。

この短い言葉にも、打った側だけでは終わらない対決の重みを感じます。

MLB公式:2003年優勝決定シリーズでの対戦記録/Sports Illustrated:2003年と2009年の対決を振り返る記事

先発3試合、代打3試合。限られた機会でワールドシリーズで結果を残す

ここで、2009年の全6試合を見渡してみます。

松井さんは膝に不安を抱えており、DHを使わない敵地フィラデルフィアの3試合では、代打での出場でした。本拠地の第1・2・6戦にはDHで先発しています。

試合打数・安打主な結果
第1戦3打数1安打本塁打・打点なし
第2戦3打数2安打勝ち越し本塁打・1打点
第3戦1打数1安打代打本塁打・1打点
第4戦1打数0安打代打で出場
第5戦1打数1安打代打で安打
第6戦4打数3安打1本塁打・6打点

出典:MLB公式の各試合記録。第6戦の6打点は、ペドロから4打点、ハップから2打点です。

第3戦の代打本塁打は、8回表にブレット・マイヤーズから放ったソロ本塁打です。ヤンキースが8対5で勝った試合での追加点でした。先発せず、代打で限られた打席にも関わらず、本塁打や安打で仕事をしていたわけです。

当時のFanGraphsの分析記事も、優勝決定戦に加えて第2戦の勝ち越し本塁打を挙げ、勝利への貢献という面からMVP選出を支持していました。

華やかな最終戦に目が向きますが、シリーズ最初の勝利にも、敵地での勝利にも打撃で関わっていた。限られた出番の中で残した結果まで見ると、13打数8安打の濃さが伝わってきます。

MLB公式:第6戦を振り返る記事/FanGraphs:2009年当時のMVPについての分析

当時のファンや仲間にも強烈な印象を残した

今回、当時の記事やファンの感想も読みました。その中には、今振り返る僕たちと重なる受け止め方があります。

優勝当日の2009年11月5日に書かれた個人ブログ「Maddog31の野球について知ったこと」では、第6戦の6打点や第3戦の代打本塁打とともに、ペドロから2試合で2本塁打を放ったことに驚く記述がありました。全盛期との違いも踏まえての感想です。

一人のファンの感想ですが、「相手がペドロだった」ことも、その活躍を喜ぶ理由になっていたと分かります。

現地で取材した杉浦大介氏の当日の記事には、第6戦の第4打席を迎えた松井さんに、スタンディングオベーションとMVPコールが送られたことが記されています。

ジラルディ監督も、以前から松井さんの勝負強さを認めていたという趣旨の言葉を残していました。

後年のヤンキースファンの掲示板でも、ワールドシリーズでの猛打とともに、堅実な働きや勝負強さ、日々の取り組みを懐かしむ投稿が見られます。

大舞台の大活躍に、それまで一緒に戦ってきた姿が重なっているように感じます。

当時の熱気と、時間がたっても残る親しみ。その両方を知ると、このMVPがニューヨークで愛される松井さんの大切な一場面なのだと思えてきます。

2009年当日のファンの感想:Maddog31の野球について知ったこと/スポーツナビ:杉浦大介氏の第6戦取材記事/Reddit:後年のヤンキースファンの回想

松井さん自身は「打てずに負けた試合」も心に残っている

最後に、本人の受け止め方も心に残りました。

2025年のSportivaの記事で、松井さんは2009年の活躍をよく話題にしてもらう一方、自分が打てずに負けた試合のほうが、今も印象に残っていると振り返っています。

ファンにとっては、何度でも思い出したい6打点の夜。本人には、そこへ至るまでの敗戦も残っている。その言葉を知ると、日本人初のMVPが、7年にわたるヤンキースでの日々の中に位置づいて見えてきます。

僕はやっぱり、優勝決定戦で打ちまくり、ペドロからも本塁打を放った松井さんに「すげえな」と言いたくなります。

同時に、「ゴロキング」と評された春、その年の秋の反撃とジャンプ、出番が変わった2009年も知っておきたい。

活躍の背景までたどることで、この名場面をもっと楽しめると思います。

Sportiva:松井秀喜本人が振り返るヤンキース時代

松井さんのほかの名場面は、松井秀喜の伝説7選へ。巨人時代の打撃の土台に関心があれば、長嶋茂雄さんとの素振りと絆も合わせてどうぞ。

本人の言葉を本でもたどりたい方には、松井秀喜のおすすめ本3冊で、知りたい内容に合わせた選び方を紹介しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次