松井秀喜さんの巨人時代を振り返っていると、周りにいた選手の顔ぶれも気になってきます。
江藤智、清原和博、高橋由伸に、仁志敏久や清水隆行。さらにマルティネスや二岡智宏まで名前を並べると、「この打線を相手に投げるのは大変そうだな」と感じます。
「ミレニアム打線」と呼ばれた2000年の巨人を、主な選手の成績と実際の打順から振り返ります。豪華な名前に加えて、誰がどんな役割を担っていたのかまで見てみたいと思います。
ミレニアム打線は、2000年の長嶋巨人
ミレニアム打線は、長嶋茂雄監督が率いた2000年の巨人打線の愛称です。西暦2000年という節目にちなんで、長嶋監督が名づけたと紹介されています。
この年の巨人は、135試合で78勝57敗、203本塁打を記録してセ・リーグ優勝。日本シリーズでも、王貞治監督率いるダイエーを4勝2敗で破り、日本一になりました。
長嶋さんと王さんによる「ON対決」でも知られる年ですが、この記事では、そのチームを支えた打線に注目します。
名称の参考:BASEBALL KINGの回顧記事/NPB・2000年セ・リーグ成績/NPB・2000年日本シリーズ
主なメンバーと成績。松井・江藤・高橋由伸で101本塁打
主な打者の2000年のレギュラーシーズン成績を並べると、次のようになります。
| 選手 | 打率 | 本塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|
| 仁志敏久 | .298 | 20 | 58 |
| 清水隆行 | .271 | 11 | 46 |
| 江藤智 | .256 | 32 | 91 |
| 松井秀喜 | .316 | 42 | 108 |
| 清原和博 | .296 | 16 | 54 |
| D.マルティネス | .288 | 17 | 64 |
| 高橋由伸 | .289 | 27 | 74 |
| 二岡智宏 | .265 | 10 | 32 |
表は主な顔ぶれと年間成績で、固定の打順を示したものではありません。選手名のリンクから参照した記録を確認できます。
松井42本、江藤32本、高橋由伸27本。この3人だけで101本塁打です。それに仁志の20本、マルティネスの17本、清原の16本が続きます。
松井さんの42本は、チーム全体203本の約2割に当たります。4番の存在感は大きいですが、残りの約8割はほかの選手が積み上げたものです。松井さん一人の成績から打線全体へ目を移すと、周りの打者の厚みも見えてきます。
また、松井さんは106四球、出塁率.438を記録しています。本塁打を打つ場面に加えて、塁に出て後ろの打者へつなぐ場面にも目を向けたくなる数字です。
実際の打順を見てみる。高橋由伸が6番だった一試合
打線を振り返るなら、実際にどんな順番で打っていたのかも見たくなります。
一例として取り上げるのは、2000年7月14日、東京ドームのヤクルト戦。試合別のスタメン資料では、次のオーダーでした。
- 仁志敏久(二塁)
- 清水隆行(左翼)
- 江藤智(三塁)
- 松井秀喜(中堅)
- 清原和博(一塁)
- 高橋由伸(右翼)
- 元木大介(遊撃)
- 村田善則(捕手)
- 工藤公康(投手)
年間27本塁打の高橋由伸さんが6番にいる。そこまでたどり着く前にも、江藤、松井、清原と対戦しなければなりません。成績と打順を重ねると、投手がどこで一息つけるのかを考えてしまいます。
一方、この試合は巨人が1対0で勝利しています。豪華な打線が並んでも、毎試合たくさん点が入るわけではない。その日の相手投手や、投げる側・守る側の働きまで知りたくなりますね。
これはあくまで一試合の例です。別の日にはマルティネスが一塁に入ったり、二岡が遊撃で先発したりしています。年間成績と、その日のオーダーを行き来して見るのも、昔のチームを調べる面白さだと思います。
出典:my favorite giants・2000年の試合別スターティングメンバー
打率はリーグ4位。でも、本塁打と得点は1位だった
数字を調べていて、僕が気になったのはここでした。
あれだけの名前がそろっていても、チーム打率はリーグ4番目だったんですね。
| 指標 | 2000年巨人 | セ・リーグ順位 |
|---|---|---|
| チーム打率 | .263 | 4位 |
| 本塁打 | 203本 | 1位 |
| 得点 | 689点 | 1位 |
順位は、NPB公式の2000年セ・リーグ成績に掲載された6球団の数字を比較したものです。
これを見ると、打線の強さを打率だけで考えるのは、少しもったいないと感じます。長打が出れば、一度の打撃で走者を大きく進めたり、本塁まで返したりできます。
もちろん、203本塁打という数字だけで689得点のすべてを説明できるわけではありません。誰が塁に出ていたか、どんな場面で長打が出たかも合わせて見たいところです。
さきほどの松井さんの106四球も、そこで気になってきます。打率や本塁打だけを見ていたときより、出塁して次へつなぐことにも関心が向きます。
昔の打線を調べたことが、今の試合で「このチームはどうやって点を取っているんだろう」と考えるきっかけになる。そういう広がりがあるのは楽しいですね。
優勝を決めたのは、江藤と二岡の連続ホームラン
この打線を象徴する試合として、2000年9月24日の中日戦も外せません。
巨人は東京ドームで、0対4のまま9回裏を迎えます。そこで江藤さんが同点の満塁ホームランを放ち、続く二岡さんがサヨナラホームラン。5対4の逆転勝ちで、リーグ優勝を決めました。
シーズン42本塁打の松井さんが中心にいて、優勝を決める場面では江藤さんと二岡さんが主役になる。年間成績の表から一試合へ進むと、それぞれの数字に具体的な場面が加わります。
この結末を知ったうえで、その前に誰が出塁したのか、相手がどんな継投をしたのかまで見てみたくなります。最後の2本を入り口にして、一試合をさかのぼる楽しみ方もできそうです。
清原とマルティネスを、ライオンズファンとして見る
名前の印象に加えて、その年にどれくらい出場したかも見ておきたいところです。2000年の清原さんは75試合で16本塁打、マルティネスは111試合で17本塁打でした。
先ほどの7月14日は清原さんが一塁で先発していますが、ほかの日にはマルティネスが入っています。年間成績を足し合わせるだけでは、その日に誰が打線へ入っていたかまでは分かりません。
ライオンズファンの僕には、この2人がいることも気になります。清原さんに加えて、マルティネスも1997年と1998年に西武でプレーした選手です。
さらに、表に名前がある江藤さんや清水さんも、のちに西武でプレーしています。松井さんを入口に巨人を調べていたのに、かつて西武にいた選手へ関心が広がっていくんですよね。
どちらの球団の選手として知ったかによっても、この顔ぶれの見え方は変わりそうです。好きな球団を起点に、別の球団の歴史をたどってみるのも面白いと思います。
NPB・清原和博の成績/D.マルティネスの成績/江藤智の成績
2002年の50本塁打、2004年の打線との違い
巨人の強力打線を振り返るときは、次の3年を分けておくと整理しやすくなります。
- 2000年:ミレニアム打線。 長嶋監督のもとでリーグ優勝・日本一。松井さんは42本塁打。
- 2002年:松井さんが50本塁打を放った巨人最後の年。 原辰徳監督のもとでリーグ優勝・日本一。
- 2004年:チーム259本塁打を記録した年。 堀内恒夫監督が率い、リーグ3位。松井さんはすでにヤンキースへ移っています。
ミレニアム打線は2000年です。松井さんの50本塁打の年や、2004年の打線とは分けて振り返りたいですね。
2004年は、2000年の203本を上回る259本塁打を放ちながら、リーグ順位は3位でした。ただ、試合数やその年の環境も違うので、本塁打の合計だけで両年の打線の優劣を決めることはできません。
打者の顔ぶれを見て盛り上がりつつ、投手陣や守備まで調べてみると、チーム全体の強さにも関心が広がります。
NPB・巨人の年度別成績/松井秀喜の成績/2004年セ・リーグ成績
松井秀喜の周りを知ると、ミレニアム打線がもっと面白くなる
1番の仁志にも20本塁打があり、高橋由伸が6番を打つ日もある。一塁の顔ぶれが変わり、優勝を決める試合では江藤と二岡のホームランが出る。松井さんの成績から少し視野を広げるだけで、気になる場面が増えていきます。
僕は、豪華な名前を懐かしむだけでなく、誰が出塁し、誰が返していたのかを知りたくなりました。今のライオンズの打線を見るときにも、この見方を持っていたいと思います。
松井さんの活躍をほかの場面からも振り返るなら、松井秀喜の伝説7選へ。本人が何を考えていたのかに興味があれば、松井秀喜のおすすめ本3冊も合わせてどうぞ。
更新履歴
2026年10月25日:2000年の年間成績、試合別の先発オーダー、チーム成績を確認して初版を作成。







