【引退】上原浩治の功績で打線組んだ【お疲れ様でした】

読売ジャイアンツの上原浩治選手が現役引退を発表しました(2019年5月20日)。

上原投手といえば、レッドソックスの抑えとしてワールドシリーズシリーズの胴上げ投手となったことが印象的です。その年の上原投手はまさに無双状態でした。その他にも国際大会での活躍など、上原選手の功績は枚挙に暇がありません。そこでこの記事では、上原投手の功績で打線を組んで、その活躍を振り返りたいと思います。

*上原選手の熱いシーンや印象的なエピソードは以下の記事にしました。

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原投手、長年お疲れ様でした!雑草魂よ、ありがとう!

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1番(中)2006WBC準決勝の韓国戦で7回無失点

出典:日刊スポーツ

2006年のWBCにエースとして出場した上原投手は、3戦2勝の好投で優勝に大きく貢献しました。

中でも準決勝では因縁の韓国相手に圧巻のピッチングを披露し、日本を勝利に導きました。

韓国とはこの大会で既に2敗もしており、苦手意識もある中で、7回を無四球無失点と見事な投球だったのです。

この試合では、代打の福留選手が値千金のホームランを打ち、「蘇れ福留!」という名実況と名シーンで有名です。

しかし、この値千金きのホームランがあるのも、上原投手の快投があってこそです。上原投手の7回無失点のピッチングこそが「値千金」と言っても違和感はないはずです。

また、この時のピッチングを捕手としてリードした里崎選手(現解説者)は、こう評しています。

上原さんは僕が受けたことのある中で、一番いい投手でした。はっきり覚えています。直球も変化球も構えたところに完璧に来るんです。

あまりにも意図通りにボールが来るので「これはもし打たれたら僕のせいだな」と思いました。そんなことを試合中に考えたのは、後にも先にもその時だけでした。

出典:日刊スポーツ

また、上原選手自身もこの時のピッチングを

野球人生で3本のピッチングに入るベストピッチだった

上原浩治選手 引退会見での発言(2019年5月20日)

と振り返っています。

2番(遊)MLBで37人連続アウト、30回1/3連続無失点、27試合連続無失点

2013年の上原投手はまさに圧巻でした。ストレートと同じ軌道から落ちるスプリットが冴え、様々な記録を作ります。

  • 37人連続アウト(メジャー史上10位=救援投手では2位)
  • 27試合連続無失点
  • 30回1/3連続無失点

これらの大活躍の原動力は、「負けてられない」「見返したい」という思いがあったそうです。前年の2012年に所属したボルティモア・オリオールズからの評価があまりにも低かったからです。言い換えると、オリオールズからのオファー額が相当低かったのでしょう。

実際に、上原選手に密着したドキュメンタリー番組で、上原投手はこう語っていました。

まあ、意地もあるよね。去年いたテキサスにそのまま残留っていう話がなかった訳ではないけども。

あんまりにも評価が低すぎたんで。やっぱいらんねんなっていう。

出典:テレビ東京「ソロモン流」

このような思いを胸に、雑草魂でメジャーの打者を圧倒していきました。

3番(右)日米通算100勝100H100S

世界では2人目なる、通算100勝100ホールド100セーブ(トリプル100)を達成しています。

しかも日本人初となる前人未到の記録です。

この記録を初めて達成したのはトム・ゴードンさんというMLBで活躍した選手です。ちなみにトム・ゴードンさんは、シアトルマリナーズで活躍するディー・ゴードン選手のお父さんです。ディー・ゴードン選手は菊池雄星投手とチームメイトであり、イチロー選手を師と仰ぎ、イチロー選手の引退試合には涙を流したことで注目を集めましたね。

この「100勝、100ホールド、100セーブ」については、ダルビッシュ投手もそのすごさを語っています。

名球会、マジで考えないといけないんじゃないの、と思います。僕は名球会でもなんでもないけど、一人の野球人として。そこはちゃんとしないと、名球会の価値がなくなっていくのでは。

( 100勝100H100Sは) 200勝よりも難しい可能性もある。2000安打よりも、250セーブよりも難しいのではと、僕は思う。

4番(三)ワールドシリーズ胴上げ投手

日本人初のワールドシリーズ胴上げ投手です。この後数十年は出てこないような、すごい記録ではないでしょうか。(*大谷翔平選手が日本ハム時代にやったように、最終回だけ抑えで登板する可能性もありますが、大谷選手が所属するエンゼルスはワールドシリーズに出られるほど強くないです( 2019/5/22現在)。 )

最後の試合はレッドソックスが6-1と大量リードにも関わらず上原選手が登板しました。当時監督のファレル監督はよほど信頼していたのでしょう。ワールドシリーズ制覇を決めるマウンドは、功労者である上原投手に託しました。

その結果、最後の打者を空振り三振に打ち取り、見事なピッチングで締めくくりました。優勝の瞬間には、キャッチャーに抱きかかえられて天を指差して掲げて喜びを爆発させていました。この瞬間は、多くの人を感動させました。

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5番(一)巨人の新人として20勝、沢村賞や最優秀防御率などタイトルを総なめ

上原投手が巨人の新人として過ごしたシーズンは、まさに圧巻でした。

最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手主要4部門のタイトルを獲得する「投手4冠」を達成します。この投手4冠は、プロ野球史上で10人しか達成しておらず、新人としては史上3人目となるものすごい記録なんです。

そして、その年の最高だった投手に与えられるといっても過言ではない賞である「沢村賞」も受賞します。これがなぜすごいのかというと、その年の新人だった当時西武の松坂大輔投手を差し置いての受賞だったからです。松坂超えでの受賞は、 何より価値があるでしょう。

もちろん、これだけの成績ですから、文句なしで新人王を獲得しています。(*パリーグの新人王は松坂投手でした。)

このような輝かしい成績を監督として見守ったのは、長嶋茂雄終身名誉監督です。長嶋さんは、この時の活躍を

これまでよくやったと思う。持ち味はテンポよく投げて、相手を追い込んでいくピッチング。20勝したルーキーシーズンは今でも忘れられない。

出典:スポニチ

と振り返っています。

6番(DH)国際大会無敗

上原投手は国際試合にめっぽう強いのです。なんと国際大会無敗なんです。

通算成績は25試合で12勝0敗2セーブ、防御率は1・92(日米大学野球、日米野球などは除く)と、文句のつけようがありません。

上原投手の国際大会の主な活躍

  • 1997年:インターコンチネンタルカップの決勝で国際大会151連勝中のキューバに勝つ
  • 2004年:アテネオリンピックに出場。イタリア戦とチャイニーズ・タイペイ戦の2試合に先発し1勝を挙げる。 イタリア戦では、6回を無失点に抑えて勝利投手に。
  • 2006年:第1回WBCに出場。1次リーグの中国戦、2次リーグのアメリカ戦、準決勝の韓国戦で先発。2勝0敗、防御率1・59で無双。
  • 2008年:北京オリンピックに出場。主に中継ぎとして1次リーグの台湾戦、カナダ戦で登板。どちらも1回を無失点の好投。

7番(左)MLBシーズンWHIP:0.565 (2013年) ※救援投手史上1位(40イニング以上)

救援投手史上、最もランナーを出さないような投手であることが、この記録から分かります。

WHIPとは、1投球回あたり何人の走者を出したかを表す数値のことで、投手の成績を評価する項目の一つです。具体的には、投球回あたりの与四球・被安打数合計を表します。計算式は、

WHIP =(与四球数+被安打数)/ 投球回

となります(死球や失策など、安打や四球以外による出塁は計算式にいれません)。

つまり、このWHIPという指標の値が低ければ低いほど、1回あたりに投手が走者を出す確率が低いということになり、良い投手であると言えます。

WHIPは先発か救援かによって値の評価は異なりますが、一般的に1.00を下回れば素晴らしいと言われます。しかし、上原投手のWHIPは0.565と、その1.00を大きく下回り、驚異的な数字で救援投手最高の値となっています。

1イニングあたりに出す走者はほとんどいないことが分かります。上原投手はこの年(2013)、抑え投手だったことから、ファンはさぞかし安心して上原投手の投球を見ていたことでしょう。

WHIP0.565は、いかに上原投手が抑えとして無双していたかが如実に表れています。

8番(捕)K/BB日本プロ野球歴代最高の通算6.68、メジャー歴代最高の通算8.96(2014年まで)

K/BBは奪三振を与四球で割った指標で、投手の制球力を示す指標の一つです。

K/BB=奪三振÷与四球

上原投手はこの指標がズバ抜けています。

Kが奪三振、BBが与四球を表していることから、K/BBを見ることで、1つの四球を出すまでにいくつ三振を奪ったかが分かります。

相手から三振を多く奪い、四球を少なくするには制球力が大きく関係してきます。

このことから、K/BBは制球力を表す指標として使われていて、3.5を超えると優秀とされています。

しかし上原投手はその値をはるかに超えていて、

NPB通算:6.68(プロ野球記録)

MLB通算(2014年まで):8.96(メジャー記録)

と、圧倒的な数値で記録を残しています。

確かに上原投手の投球スタイルを振り返ると、コントロールが良く、ほとんど四球を出さないイメージがありますね。

さらにメジャー救援投手になってからは、ストレートと同じ軌道から落ちるスプリットとのコンビネーションで、バンバン三振を奪っていました。

四球も出しづらい上に三振をバンバンとる、これはいかに上原投手が相手打者を圧倒していたが分かる記録でしょう。

9番(二)MLBリーグチャンピオンシップシリーズMVP

リーグチャンピオンシップシリーズでMVPという快挙を達成します。

下記動画は受賞インタビューのものです。アナウンサーに感想を聞かれ、「正直、吐きそうでした」とぶっちゃけており、会場の大爆笑を誘っています。

それもそのはず、このような大観衆の中で世界一レベルが高い舞台で試合をしているのですから。下記動画は、上記動画の前で最終回に上原投手が登場するシーンです。めちゃくちゃカッコイイシーンです。

先発:NPB最優秀防御率2回、最多勝2回、最多奪三振2回、沢村賞2回

中継ぎ:NPB10年間で奪三振率7.99、MLB8年間で奪三振率10.7

抑え:MLBポストシーズン7セーブ

代打:17年間151連勝だったキューバに勝利(1997年)

1997年のインターコンチネンタルカップ決勝では、上原投手は金星をあげました。

IBAFインターコンチネンタルカップ(Intercontinental Cup)は、野球の国際公式戦の一つで、WBCやプレミア12などの国際大会の前身となる大会です。

主催はIBAF(国際野球連盟)で、1973年から2年毎に開催され、2011年まで続けました。このような歴史ある国際試合でした。

そんな大会で対戦だったのは、当時アマチュア野球で世界最強だったキューバです。それまで151連勝と無敵状態でした。

そんな最強のキューバに対して上原投手は5回1/3を1失点の好投。11-2でキューバに勝ち、大金星を挙げました。

上原投手の伝説は、この試合から始まったのかもしれません。

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